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高崎市, 群馬県, Japan
当部は、創部50周年を越える県内でも伝統ある部活 です。現在も、還暦を越える者から大学生まで多くのOBが現役生を支援しております。 HP作成: OB会

TMOの歴史

近年のTMO
 近年、TMOは大きな進歩を遂げた。5年前と比較すれば、部員数は10人から現在の34人にまで増加した。現在、4月には10人を超える1年生が入部するようになった。彼らは5月の合宿でOB達に楽器の手ほどきを受ける。6月の翠巒祭では各学年で合奏を行い、運営業務も分担されるようになった。7月は、定期演奏会の後、本年は大阪で行われる全国高校マンドリン・ギターフェスティバルへ出場する。8月、生徒たちは全国高校総合文化祭で宮崎へ飛び、夏休み中の合宿で新体制のスタートを切る。9月から11月には、県内の学生によるコンサートに出演させていただいく中で、2月の群馬県高等学校ギター・マンドリンコンクールにむけて練習を始めている。12月には、校内のクリスマス・コンサートのマンドリン・ステージを運営する。1月にはOBを交えたコンクール曲の練習会を行って2月の本番を迎える。3月には新入生歓迎コンサートにむけて準備を始める。以上のように、現在のTMOの年間活動は非常に活発なものであるといえるだろう。これらは、元顧問の渋谷先生の尽力によって企画された。
 これらの活動の中で生徒の自主性も育まれている。彼らは、ミーティングを繰り返し行って、部活の運営について意見を出し合っている。演奏面では、選曲した作品のほとんどを自分たちで編曲している。それにより、未だマンドリン・オーケストラの編曲がなされていない最新の流行歌までレパートリーにいれることが可能になった。また、エレキギターやキーボード、ドラムスなどを演奏に取り入れることで、マンドリン合奏では実現できない音楽性を実現した。その点で彼らの部活運営は革新的であるといえるだろう。この若さを前面に押し出した手法により、TMOは非常に活気づいたのである。
 ただし、それらはTMOの伝統に基づいていることを忘れてはならない。この伝統はOBによる現役指導を通じて培われたものである。特に、定期演奏会に向けた現役生とOBとの合同練習会は、両者が交流できる大切な場所である。ここで現役生は、普段高校生だけでは演奏する機会のない大曲や映画音楽を中心としたOBによる編曲作品に触れることができる。その中でも、群馬交響楽団首席奏者である秋葉美果さんとのコラボレーションは、常に彼らに多大な影響を与えている。これらの企画は、OBたちによる現役生に対する教育的配慮によって実現している。彼らが卒業した後に一生の財産となるように、と。
 このように現在のTMOは、「伝統」と「革新」の中にその身を委ねている。本年、県のコンクールにおいて優秀賞と全国大会への切符とを手に入れることができたのは、創部以来の悲願であった。50年の年月を越え、現役生もOBも共に歓喜に酔いしれた。その瞬間、「伝統」と「革新」とが一つになったのである。現役生たちはお世話になったOBたちに感謝し、OBたちは厳しい指導に応えて成長した現役生の姿に涙していた。この両者を結ぶ信頼関係こそ、今のTMOを支えているのである。
(2010年 関沼耕平記)


・TMO50年史・小史
 TMOは1960年7月に数学教師・上條乃夫彦先生のもとで小池昌男たち61期生5人(当時2年生)が結成した「マンドリン・ギター愛好会」がはじまりである。今年創立50周年を迎えるが、近年の現役部員は約30人を数え、OBは300名をこえた。
 初舞台は1961年5月26日の第9回翠巒祭。8人が「フォスター歌曲集」他を演奏した。武井守成や平山英三郎の曲を中心に、市民音楽祭や教会のクリスマスコンサートなどで演奏活動を重ね、1962年9月「高崎高校音楽部マンドリン・オーケストラ(TMO)」として正式に部昇格が承認された。
 初期には上條先生はじめ、上毛マンドリン倶楽部で創立者・萩原朔太郎の後継だった藤沢林太郎や、住谷昇三(1931年リリアン・マンドリンクラブを結成)の指導を受けたが、上條先生の転任後(1964年)は特定の指導者を持たず、歴代のOBたちが後輩を指導し、毎年夏の定期演奏会は現役部員とOBが一体となって演奏するという独特の伝統を築いてきた。
 創立以来の念願だった第1回定期演奏会は1966年7月29日(群馬音楽センター)で、このとき取り組んだモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク全4楽章」がその後のTMOの方向を決定した。
 部員数名という年もあったが、OBと現役の協力により、1997年8月の第32回までは定演を継続して開催した。しかし1998年と99年には部員減少により中断、廃部の危機に陥った。これを機に全国からOBがかけつけOB会を再編、当時の顧問・木本陽子先生のご尽力で、2000年8月13日高崎市文化会館で創立40周年第33回定期演奏会が盛大に開催された。わずか6人の現役部員を70人のOBと賛助出演者が包み込み、TMO伝統の演奏を復活させた。それから10年、現役部員と顧問の渋谷正章先生たちの奮闘で部員も増え、群馬県高等学校ギター・マンドリンコンクールにおいて初の全国大会出場という快挙を成し遂げるまでになった。50年前の紅顔の美少年たちはその日感涙にむせんだ。
(2010年 綿貫不二夫記)

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